庭仕事の前に下書きだけでも
にわかしごとではない
心理面のはなしにルートをしぼるとして
わたしの診療遍歴というか治療されてきたののながれを
クリニックは自分からは選択してなくて、
そういえばカウンセリングは自主的なはじめがあったよう
(記録としてクリニックは載るがカウンセリングは載らない様式があり、クリニックいってないから健康とかおもわれちゃいそう)
ながれで3段階気づいたことカウンセリング環境にちなんで(通った場所にかぎらず)
1、ハイセンシティブ的な条件の主体への解決法というテーマではなく侵害的な条件でのパーソナリティ障害者(定義的に侵害的ではないケースもあるが)の用語を知識としてしった
2、複雑性トラウマ障害という用語と扱われ方をしる。C-PTSDや発達性のトラウマなど言い方とかもあるが、まとめて抑圧的な環境からの長期的ストレスが長期的な生活面での障害になっている理解で。これもまた抑圧的な環境主体の存在がクリアなとき、被害側をケアするのはもちろんだが、いちじるしく悪質である場合の抑圧者側への責任追及は?という点
3、幼少期とかが自閉症や発達障害のようだと気づいたこと。それから自閉ということがやはり抑圧環境に対しての防御という例。
さらに4つめとしては司法ソーシャルワークのこと。最近しり、犯罪者出所後のフォローといったテーマから障害者福祉にかんしてのテーマへとあるようなみえかたでみつけたのだが、法的解決などをたとえば虐待的な条件があればとうことができることは、支えになる。
あとはオープンダイアログとか
しまった。ついうっかり空き時間ができてしまった。ついうっかりを擬装してはいないです
アイスコーヒーにいれるミルクって鳥のフンみたいだ、鳥のフンておいしいのかなあ、おいしい鳥のフンはおいしいか 土たちにとってー